古墳

明日、建設中の五色塚古墳館のプレ・オープンで予約が当たったので、予習を兼ねて、近くなのにあまり中に入ることがない五色塚古墳に立ち寄りました。

違う道を通って、近道だと思ったのですが、住宅の密集地で、まっすぐ至る道がなく、結局は遠回りになりました。付近は住宅地の真っただ中で、その中に五色塚古墳が佇んでいます。この辺りは丘陵地で、江戸時代までは水の便が悪くて雑木林や荒れ地だったようですが、江戸時代に入って垂水新田として開拓して、でも水の便がなく、田んぼは出来なかったようで、ただ垂水漁港から近く、明治に入って、イチゴ畑が広がり、牧草地のようになっていたそうで、その後は沿線を走る山陽電車が造成して住宅地となったそうです。

日本で最初の「復元された前方後円墳」だそうで、冒頭の写真が「後円」部分、そして、「前方」の長方形部分で、その先には明石海峡、そして淡路島となり、この海峡を支配していた豪族の墓というのが有力な説だそうです。

前方後円墳の「前方」の東側に、正方形の台のようなものがあり、帰りに事務所で訊こうと思って忘れてしまいました。この上で祭祀をしていたのか、ここから埴輪が見つかったようです。

「後円」の上は結構広い円形状で、明石海峡、淡路島、そして大阪湾が一望できます。

東に目を向けると、大和王朝時代には、五畿内の西の端となった鉢伏山、旗振山、高倉山、その向こうにおそらく横尾山が南北に連なり、五畿内と西国を隔てる壁のようになっています。五色塚古墳に埋まっている豪族は、この山からこちら側の西側一帯、そして明石海峡を支配して、当時の都と九州や朝鮮半島、大陸との海路の行き来の要所であれう明石海峡を司っていたのかどうか・・・駅前には建設中のタワマンがそびえています。

それほど神戸の人気観光スポットではないですが、結構お気に入りの光景です。

ある程度の規模の五色塚古墳で、このような復元された例は珍しいようです。