信じる人は救われる?

 なにかに「すがる」なり、自分で「なんとか」すればいいのであって、趣味に生きたり、酒を飲んだり、カラオケで思いっきり歌ったり、友人に心を打ち明けたり、藁にすがったり、めざしの頭を信心したり・・・。

 宗教と無縁でも幸せな人は私の回りにたくさんいます。そして他の宗教、たとえば創価学会に入信されて、生き生きと勤行され、いろいろな集会に精力的に参加され、(皮肉ではなくて)真心こめて選挙運動されている方を知っています。

 逆に回りのそういう幸せな人を見てると、信仰の故に悩んだり、苦しんだりしている私はいったい何をしているんだろうと思ったりします。

 「慰め」を求めていらっしゃる方にとって、信仰は「特効薬」ではないかもしれません。

 でも「慰め」ではなくて「乗り越えること」を求めるのであれば、「救い」と正面からぶつかられてはどうでしょうか?

 「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。
 新約聖書 ヨハネの黙示録3章15節 新改訳

 信じる人も信じない人も慰められます。でも、救いに関しては排他的です。信じない人は救われないのです。
 Aug3,1996

itsumi
信仰