美しさ・哀しさ

空は 今日も 灰色なんです
主よ
人が こんなに 悲しむから?
 フランスの詩

 「灰色の空」と「悲しみ」を重ねるフランスの詩人、フランス留学の経験のある遠藤周作はその詩を知っていたのでしょうか?長崎の出津の丘から望む海の蒼さにいにしえの昔に迫害された信仰者達への思いを重ねて、「人の悲しみ」と、「人の思いをはるかに越えた自然の美しさ」とのコントラストを詠んだんだろうなあ、と思っています。

 2年前の阪神大震災の後、春になって瓦礫の山の残る街並みに桜の花が咲いた時に、不思議な気分になりました。「こんな時に、なんで桜が咲くの?」でも、瓦礫の中の桜は美しかったです、例年よりも・・・。「あこがれ」「希望」だったかもしれません。

 「灰色の空」と「悲しみ」の因果関係を詠むフランスの詩には、日常生活や現実を感じます。「俗」です。でも、主に「海の蒼さ」と「哀しみ」を詠う遠藤の詩に、私は「聖」を感じます。

 日本では聖歌や賛美歌以外に、歌詞の中に「主よ」と入った歌は少ないでしょうね。日本の歌詞を考えると、キリスト教はまだまだ「清らか」な特別なイメージを伴っているように思います。悪いことではないんでしょうが・・・。

 気軽に日常生活の中での思いを「主よ」と託す詩が、多くの人に共感を持って受け入れられたら素敵ですね。(でも、そんなことを嫌うクリスチャンも多いでしょうね。)
 Sep28,1997

itsumi
アラカルト