ここ神戸は、昨日は夜に雨が降りました。せっかくの桜が、雨に打たれて落ちていきました。散りゆく桜を惜しむ心と同時に、散りゆく桜に自然の美しさを感じる想いがあります。桜を見ている私というひとりの人間の想いと関係なく、<自然>は桜の花を開かせ、そして散らせます。美しい桜の花は自然の美しさです。そしてその美しい桜を散らす風も雨も、同じ自然です。
 桜を美しいと思う視点から、自然を美しいと思う視点に移ったときに、桜の木の周りの無惨な瓦礫の広がりにも目が留まりました。決して地震を美しいとは思いませんが、でもそれもまた<自然>のなせる<わざ>なんだなと感じました。

 今回の大地震の意味を求める心が私の中にありました。でも<自然>を支配するものが、私に(私たちに)何かを伝えようとして地震を起こしたのでしょうか?
 自然の前でちっぽけな存在であることを知りました。私は今回の地震を一つの<事実>と受け止めています。堅い私の基準であり、土台である地面が揺れ動くのです。その前でなすすべはありません。
 April 12,1995

itsumi
震災