ルーツ

 1年ほど前から、家系図や古い写真を整理しているのですが、曾祖父の戸籍を読み解いています。

戸籍の冒頭

 元々は、美作国の津山の出身で、その後神戸に転籍した元の戸籍です。明治19年の戸籍で、本籍の住所に2度の訂正がありました。これは明治初期の行政区画の変遷に沿ったもので、訂正の経緯が、日本の歴史を物語っていました。今現在、市町村役場で取得出来る最も古い戸籍は、この「明治19年式戸籍」だそうです。それ以前の戸籍は、明治5年に編纂された「壬申戸籍」で、これが最初の近代戸籍になるのですが、門地に関して差別的な記載(身分)がされて、更に養育関係にあった家来や使用人も、血のつながりがなくとも附籍として、養育する者の戸籍に記載され、業種や寺・氏神の記載もあり、華族や士族では禄高も記載されており、今は役所・役場では取得できないそうです。

 まず「県」ですが、津山は明治維新後に、2度の変更を経ています。
 最初は廃藩置県で明治4年7月14日(1981年8月29日)に廃藩置県で、それまでの津山藩領から津山県となっています。
 次は第1次府県統合によって、廃藩置県の4ヶ月後の明治4年11月15日(1871年12月26日)に津山県から北条県となっています。
 そして5年後の明治9年4月18日(1876年)に第2次府県統合で、北条県から岡山県となって今に至っています。明治19年の戸籍なので、「県」に関しては最初から岡山県でした。

 つぎに「郡」ですが、明治11年9月29日(1878年)の郡区町村編制法によって、津山は西北条(さいほくじょう)郡となっています。その後明治33年4月1日(1900年)に郡制によって西北条郡から苫田(とまた)郡となっています。これが「郡」に関しての行政区画の変更に伴う訂正です。

 そして津山の町の中の西今町は、明治22年6月1日(1889年)の町村制以前には津山西今町だったのが、町村制によって津山町が発足したので津山西今町は、津山町大字西今町となって、これが「町」に関しての行政区画の変更に伴う訂正になります。

 結局、
・岡山県西北条郡津山西今町(明治19年)
・岡山県西北条郡津山町大字西今町(明治22年)町村制
・岡山県苫田郡津山町大字西今町(明治33年)郡制

戸籍

 

 明治21年8月には婚姻をして、大正12年5月に神戸市荒田町に転籍となって、曾祖父夫妻と祖父が津山から神戸に移ったようです。祖父には姉がいますが、明治42年に結婚しています。

itsumi
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