洗礼

 洗礼は、それを授ける人が、受ける人の額に水を注ぎながら、「○○○○(姓名)、わたしは父と子と聖霊のみ名によってあなたに洗礼を授けます」と唱えることによって行なわれます。洗礼を授けるのは、通常、司教、司祭、助祭ですが、緊急の場合には、だれでも授けることができます。
 カトリック要理100

 わたしはプロテスタントなので、洗礼に関して「だれでも授けることができます。」との一文に、ひじょうに新鮮なものを感じました。

 わたしの知る範囲では、洗礼は牧師(教職者)が授けるもので、洗礼は、同時に特定の教会の教会員になることであり、それらは不分離なものだと思い込んでいました。

 「緊急の場合」という但し書きがありますが、誰でも洗礼を授けることが出来るというのは、懐(ふところ)が深いなあと感じます。

 「信者」とは書いていませんから、私のようなプロテスタントの信仰を持つ者でもカトリックの洗礼を授けることが出来るということでしょうか?

 もっと言えば、自分ではまったく信仰を持たない人でも、
洗礼を受けたいという人の真摯な姿と対峙して、その人
の信仰を尊んで、、「○○○○(姓名)、わたしは父と子と
聖霊のみ名によってあなたに洗礼を授けます」と唱える
と、「秘跡」となるのでしょうか?

 もっとも、「洗礼」は、授ける側(教会も含めて)の功績
・権威によるのではなく、「○○○○(姓名)、わたしは父
と子と聖霊のみ名によってあなたに洗礼を授けます」と
の「言葉」によるのですから、考えれば、至極もっともな
ことです。

                            Sep23,1999

itsumi
信仰を巡っての断片